2008年6月13日金曜日

跼天蹐地の薔薇 19-20

不意をつかれ、フランシスの腹に骨張った膝が食い込み、その衝撃で身体が一瞬、くの字に曲がる蟻力神。が、彼は痛みが和らぐまで待つことなく、下唇を噛みながら体勢を戻した。「狩りの邪魔をしておきながら、ただで済むと思うな。消してやる三便宝!」赤目の男は、フランシスの立ち治りの早さが気に食わなかったのか、罵り続けながら腕を振りあげた。 赤目の牙の執拗な猛追を、フランシスは油断することなく巧みに交わして行った五便宝。苔むした滑り易い煉瓦の壁を蜥蜴(とかげ)のように這い登れば、赤目は百足(むかで)になり追ってくる。雨に濡れた屋根の棟を蒼白い毛並みを持つ狼のように走れば、赤目は巨大な蝙蝠(こうもり)となり、獲物のマントに鉤爪を伸ばした威哥王。が、フランシスはマントを翻し屋根から飛びおりた。 振り返りながら見上げると、首に噛みつき息の根を止めてやろうと血気盛んな男が落ちて来るMaxMan。その間に胸許のマントの裏に手を滑らせた。 重く伸しかかる衝撃の後、二人は重なりながら石畳の上を転がった。ガス灯の柱にぶつかって止まったところで、フランシスは腹を蹴りあげられ、後ろ宙返りをする格好となった。片足の膝をついて巧みに着地したが、相手の動きも速かった曲美。顔をあげると、赤目の男の冷たい両手がフランシスの白い首にかかった。 鋼鉄のような爪が肌の柔らかい部分に食い込もうとした次の瞬間、玩具の発条(ぜんまい)が切れたように、赤目の剥き出しの殺意が消えた天天素。彼は戸惑った顔を見せながら、何かを言いたげに次の行動に悩んでいるようだったが、やがて、フランシスの体から離れ、ゆっくりと自分の左胸を見下ろした。 一本の鈍く光る銀色の短剣(ダガー)が胸に突き刺さっているCialis 。柄に複雑で細やかな細工を施されたすばらしい模様を観賞する間もなく、衣服に食い込んだ刀身に生気を失った黒ずんだ液体が伝い、湿った石畳を更に濡らした。赤目はそれがなんであるか理解したらしく胸に手を当て、染み出る液体を止めようと慌てふためき出したlevitra。 フランシスは落ちついた表情で、赤目の男のそばに近寄った。「躊躇ったつもりはなかったのに、どうやら急所を外してしまったようだ」冷たく言い放ちながら、目の前の男の胸にある短剣の柄を握ったMotivat。「お前、仲間を殺すつもりか?」怯えを強調させるように、瞳の赤が歪んだ。既に先ほどまでのぎらぎらした光はない。「やめろ……」「仲間?」フランシスは失笑した。「私を消してやるという言葉、本気だと思ったが?」「こ、言葉の綾だK-Y 。だから、やめろ。な、なんでもする。お前の言うことなら、なんでも従う……」 赤目の男の哀願を無視し、彼の胸から手首を捻りながら短剣を抜いた。回転した刃が心臓の肉をえぐり、同時に嗚咽する甲高い声が陰湿な通りに響いた。男の目は光を失い、黒くどんよりと沈んだVVK。 闘争本能を完全に失った男から、酷い口臭が吐き出される。貫いていないとはいえ、彼の心臓に掠った銀の効力が覿面(てきめん)し、肉体が腐敗し始めていることを知ると、自分のことのようにフランシスは背筋をぞっとさせた男宝。「そ、そうだ、グランヴゥラの居場所を、お、思い出した。教える、だから助けてくれ」暗くした目で、フランス貴族が申し出た。その貴族としての誇りを忘れ、フランシスの足許で屈んでいるせいか、幾分、身が小さくなったように見える狼1号。吸血鬼の必死な姿というのは、同類から見ても滑稽なものがある。吸血鬼を目の前にした人間は恐怖に叫び、怯え、そして首筋を噛まれ血をすすられる。やがて、闇を徘徊する新たな生きた屍、死せる魂、この世に存在しない“吸血鬼(それ)”となる狼一号。だが、死を目前にした吸血鬼は、その先に何もないことに戦く。神の恩恵を乞い、祈りをあげようとすれば咽は業火に焼かれ、天地から消滅するのみ。別の生き物になることも許されない巨根。故に、この世にしがみつき続ける“必死さ”は格別である。既に死んでいる者の筈なのに、だ。 近い将来、自分の心臓にも銀の剣や杭が打ち込まれ、この世からもあの世からも消滅する日が訪れるかもしれないと想像するだけで、赤目の男の腐敗が伝染したように胸が苦しくなった魔根。これは今に限って感じた危機ではない。誰か(吸血鬼)を倒すたびに決まって起こる心的外傷のようなものだった。 死を突きつけられた男の口から、吐き出される言葉に真実はないだろう花之欲。このまま赤目を生かし、今夜のことがグランヴゥラに知れることになったとしたら、奴はどう出るか? 私の目の前に現れる機会は永遠に来ないかもしれない紅蜘蛛。あるいは、鬱陶しい存在を滅しに来るか? 。その迷いが、いつもフランシスの決断力を鈍らせた。そんなとき、脳裡に繰り返されるのは、良く知る男の嫌味な言葉だった。“甘い考えのお前には、いつになってもグランヴゥラは殺れない” 脳裡で、彼の声が再生されるたびに苛々したが、フランシスはそれを一蹴した紅蜘蛛。 冷静を取り戻した彼は、声を圧し殺すように、くっくっと笑った。「……あいにく、私は吸血鬼が嫌いだ。なぜなら、死に際のお前たちの死臭には耐え難いものがある」 血に塗れたナイフの鋭い刃と柄、握り持つその手を凶器に変え、男の喉元を通過した西班牙蒼蝿水。手に伝わる感触など気にもしなかった。 男の頭は、伐採される木のようにゆっくりと赤い切株を見せながら後ろへ傾き、胴体の先端から石道路へ落下したD10 媚薬。その球体は、コーヒー・ミルで挽かれる豆のような音をたてながら鈍(のろ)く転がった。行く先にマンホールがあった。 黒く丸い蓋をフランシスは睨みつけた。蓋はがたがたと重く鈍い音を立てながら、横へずり動いた花痴。苦悶の顔を象った頭は、まるでゴルフボールのように、大きく開かれたその暗い口に飲み込まれた。頭は下水道を通り、その闇の住人である獰猛な溝鼠たちの餌として、歓迎されるかもしれない。無事にテムズ河畔より遙か下流へと流されたとしても、海底に沈み朽ち果てるか、あるいは陽に晒され燃え尽きる運命だろう福源春。 置いてきぼりを食った胴体は、しばらくそのまま茫然と立っていた。やがて未練がましく転がり落ちた首を追うように一、二歩歩き、汚れた石畳の上にがくがくっと崩れた。頭が落ちた場所を確認するかのように、手の平がマンホールの淵を一撫でした美人豹。首の切り口から冷めた赤い液体が瓶をひっくり返されたワインのようにどくどくと流れ、その香りと似つかない酷い腐敗臭が放たれた。朝を迎えればこの遺体は消えるが、悪臭は残り、群がる蝿の多さにこの近辺の住民は驚くに違いない蒼蝿水。 フランシスは当の昔からこの世の者ではない男の死に装束で、手と短剣についた血の汚れを拭き取った。マントに包まれ隠れている上着のポケットから短剣の柄と同じ細工のある銀色の鞘を取り出し、刃を収めた魔力蒼蝿水。マントの裏に短剣を持った手を滑らせながらゆっくり立ちあがり、フランス貴族の血筋を引く、と言っていた男の首なしの躯を眼下にした。 マンホールの縁にかかった指は灰色がかりながらも、まだわずかに蠢いている。赤目が己の運命を呪い、悲憤慷慨しているとは考え難かった SEX DROPS。この世にしがみつこうとする彼の執念深さに、フランシスは畏れ入った。「……そんなに生きる屍でありたいのなら、首を拾って私の屋敷にくるがいい。縫いつけてやらないこともない」 フランシスはそう言い捨て、背を向けた三體牛鞭。目を閉じ、自分の血管に流れる、ある微量の血の“行方”を探すために神経と意識を集中させた。
・ 無作意に路地から路地へと逃げ込んだクリスティーナは、帰り道を見失っていた。気づいたときには人気がなく、じめじめした、灯りも少ない場所に入り込んでいた催情丹。 せめてブリック・レインへ出られれば、方角がわかるのに。

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